■ 痛みについて
急性疼痛とは
「ケガ」や「病気」などが原因でおこる痛みです。多くの場合、「ケガ」や「病気」が治るにつれて改善します。体は「ケガ」や「病気」を、痛みで教えてくれています(体の警告です)。
慢性疼痛とは
「ケガ」や「病気」が治っても続く痛みです。検査をしても原因がわからないことが多
く、痛みは想定外に長く続きます。慢性疼痛の明確な定義はありませんが、発症から3
ヶ月以上を超えて持続する痛みをさすことが多いです。「器質的要因」に加え、「心理
・社会的な要因」が複雑に絡んでいることが多いとされています。
※)「器質的要因」とは、骨・関節の変形やケガなど筋肉や皮膚の物理的な組織・神
経の障害など。
※)「心理・社会的な要因」とは、不快な、感覚的な、心理的ストレス(不安・恐怖・
嫌悪・抑鬱)、人間関係(友人・学校・職場・家庭など)、疾患利得など。
■ 慢性疼痛の特徴
❑ 慢性疼痛は、総人口の20%程度が有しているといわれ
ています。
❑ 85%は原因不明であり、症状と画像検査(レントゲン
・超音波・CT・MRI)などから総合的に診断します。
❑ 国際疼痛学会(IASP)の定義 : 治療に要すると期待 される時間の枠を超えて持続する痛み、あるいは進行性の非癌性疼痛に基づく痛み。
❑ 痛みによる廃用、機能障害、抑うつにより、痛み刺激に対して敏感になり、少ない
刺激でもいつもより強く痛みを感じてます。痛みが続くことにより、身体的・精神
的に悪影響を来しさらに悪化する「悪循環」に陥ることがあります。
❑ 社会活動性への影響(退学、休学、失職、転職など)が報告されています。
❑ Overdiagnosis:画像検査(CTやMRIなど)は情報量が多く、実際の原因でないもの
も描出されます(経年性変化など)。画像所見と症状にしばしば乖離がみられ、異常 所見があっても必ずしも疼痛の原因ではない事を念頭におき、診断する必要があり
ます。
■ 慢性疼痛の原因分類
慢性疼痛の下人として、「侵害受容体性疼痛」「神経障害性疼痛」「心因性疼痛」が
あげられます。
侵害受容体性疼痛
体が傷ついたり、炎症を起こすと、痛みを感じるセンサー(神経)が起動します。 センサーが神経を介し脳に信号を送ります。 信号を受けた脳は痛みとして認識します。
神経障害性疼痛
傷や炎症が治った後も、痛みを伝える神経が障害を受けて続く痛みです。末梢からの痛み刺激が続くと、神経の興奮状態が持続し、「痛みが記憶」されます。刺激に対し敏感になり、電気が走るような痛みや、灼熱感のある痛みなど、日常生活に支障をきたす事があります。
心因性疼痛
傷や炎症が治った後も、心理的要素が原因となって続く痛みです。痛み体験が長引くことにより、痛みに対する不安や破局的な思考(痛みが脳内で極端に増幅される)により、病気を心配する気持ち(重篤な病や、ただ事ではないという考え)が生まれます。
■ 侵害受容体性疼痛と神経障害性疼痛の違い
「侵害受容体性疼痛」と「神経障害性疼痛」の、主な特徴および違いをしめます。
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侵害受容体性疼痛 |
神経障害性疼痛 |
陽性症状
兆 候 |
侵害部位の自覚痛
|
あり |
あり |
侵害刺激に対する痛覚過敏 |
頻度が高い |
稀にあり |
冷刺激に対するアロディニア |
稀にあり |
頻度が高い |
圧刺激に対する感覚閾値の増加と痛覚過敏 |
基本的になし |
しばしばあり |
体性感覚刺激後にその刺激感が続く |
稀にあり |
しばしばあり |
特徴的な自覚症状 |
ズキズキ痛む |
発作痛・灼熱痛 |
侵害部位よりも広がり |
基本的になし |
基本的になし |
陰性症状
兆 候 |
侵害神経領域の感覚障害 |
なし |
あり |
侵害神経領域の運動障害 |
なし |
しばしばあり |
Jensen TS : Pathophysiology
of pain. Eur J Pain 2008:2より引用改変
■ 痛みの評価
評価のタイミング
3項目に分けて評価します。
❑ 一番強い時の痛み
❑ 一番弱い時の痛み
❑ 1日の平均の痛み
評価ツール
主観的な感覚である痛みは、数値や視覚であらわすツールを用いて評価します。
以下に代表的なスケールを示します。
0~10までの数字で痛みを表現します。
※) 0:痛み無し。 10:考えられる中で最悪の痛み。
0~100までの数字で痛みを表現します。
※) 0:痛み無し。 100:考えられる中で最悪のの痛み。
5段階にわけられた簡単なスケールです。
痛みにあう顔を選んでもらい、痛みを表現します。3歳以上の小児の評価に適しています。
心理面の評価
慢性疼痛には、心の健康が関与しています。身体的評価に加えて、心理的評価も行うこ
とにより多面的に原因を考えて治療を行うことが重要です。
心理面の評価を行う質問票 「Pain Catastrophizing Scale (PCS)日本語版」 |
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全くあて
はまらな
い
|
あまりあ
てはまら
ない |
どちらと
もいえな
い |
少しあて
はまる |
非常にあ
てはまる |
痛みが消えるかどうかずっと気になる |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
もう何もできないと感じる |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
痛みがひどく、決して良くならないと思う |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
痛みは恐ろしく、痛みに圧倒されると思う |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
これ以上耐えられないと感じる |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
痛みがひどくなるのではないかと怖くなる |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
ほかの痛みについて考える |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
痛みが消えることを強く望んでいる |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
痛みについて考えないようにはできないと思う |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
どれほど痛むかとばかり考えてしまう |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
痛みが止まってほしいとばかり考えてしまう |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
痛みを弱めるために私にできることは何もない |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
何かひどいことが起きるのではないかと思う |
0 |
1 |
2 |
3 |
4 |
※)この質問表は、痛みを感じている時の考えや感情について評価するツールです。痛みに関連
したさまざまな「考え」や「感情」が13項目あります。痛みを感じている時の「考え」や
「感情」などあてはまる数字に〇をつけてお答えください。
■ 慢性疼痛の治療(薬物療法)
慢性疼痛治療の概略
❑ 治療目標は痛みの軽減とともに、ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の
改善を目標とすることが重要です。
❑ 飲み薬は、いわゆる痛み止めのほかに、本来痛み止めではない薬(抗うつ薬な
ど)も、痛みの状況に応じて補助的に使用することがあります。
❑ 薬との相性には個人差があり、様子をみながら種類や量を調節します。
主な内服薬
エビデンスレベルおよび推奨度を参考に、内服薬を選択しています。
三環系抗うつ薬
|
アミノトリプチン
(トリプタノール®) |
・三環系抗うつ薬です。
・神経障害性疼痛の第一選択薬であり、推奨されます。
・開始量:10-25㎎ / 日。維持量:10-100㎎ / 日。
・副作用:眠気、めまい、悪心、倦怠感、口渇。
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推奨度
エビデンスレベル |
運動器疼痛
神経障害性疼痛
頭痛
線維筋痛症 |
2B
1A
2A
2B |
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬
|
ヂュロキセチン
(サインバルタ®) |
・セロトニン・ノルアドレナリンの再取り込みを阻害し、痛みを
和らげます。
・神経障害性疼痛、慢性腰痛症、変形性関節症、線維筋痛症に対
する有効性が高く、強く推奨されます。
・神経障害性疼痛の第一選択薬です。
・開始量:20㎎ / 日。維持量:40-60㎎ / 日。
・副作用:悪心、眠気、口渇、頭痛、倦怠感。
|
推奨度
エビデンスレベル |
運動器疼痛
神経障害性疼痛
頭痛
線維筋痛症 |
1A
1A
2C
1A |
Ca2+チャンネルα2δリガンド
|
プレガバリン
(リリカ®)
ミロガバリン
(タリージェ®) |
・ノルアドレナリン作動系下降抑制系を刺激し、痛みを和ら
げます。
・神経障害性疼痛の第一選択薬であり、強く推奨されます。
・開始量(リリカ):50-150㎎ / 日.維持量:300-600㎎ / 日。
・開始量(タリージェ):10㎎ / 日.維持量:20-30㎎ / 日。
・副作用:眠気、ふらつき、めまい、体重増加、浮腫が生じ
ることがあります。眠気はプレガバリンに強い傾向あります。
|
推奨度
エビデンスレベル |
運動器疼痛
神経障害性疼痛
頭痛
線維筋痛症 |
2C
1A
2C
1A |
ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液 |
ワクシニアウイルス接種
家兎炎症皮膚抽出液
含有製剤
(ノイロトロピン®) |
・ 内服量:4錠(16単位) / 日。
・ノルアドレナリン作動系下行抑制系を刺激します。
・抗炎症作用・血流改善作用を有します。
・神経障害性疼痛の中でも、帯状疱疹後疼痛には強く推奨
されます。
・副作用:悪心・発疹。安全性がが高いと
|
推奨度
エビデンスレベル |
運動器疼痛
神経障害性疼痛(帯状疱疹後疼痛)
頭痛
線維筋痛症 |
2B
1B
2D
2D |
オピオイド鎮痛薬 |
トラマドール・アセトアミノフェン配合剤
(トラムセット®) |
・ノルアドレナリン作動系下降抑制系を刺激し、痛みを和
らげます。
・運動器疼痛や神経障害性疼痛に対し、推奨されます。
・開始量:75-150㎎ / 日。維持量:150-300㎎ / 日。
・副作用:眠気、めまい、悪心・嘔吐、便秘
|
推奨度
エビデンスレベル |
運動器疼痛
神経障害性疼痛
頭痛
線維筋痛症 |
1B
1B
推奨度なし
2C |
NSAIDs |
ジクロフェナク
イブプロフェン
ロキソプロフェン
セレコキシブ) |
・運動器疼痛に対し、鎮痛効果と運動機能改善に有効であり、
強く推奨されます。
・副作用:消化管障害、腎機能障害、浮腫、心血管イベント、
喘息(漫然とした長期使用は避けましょう)。
・高齢者やハイリスク患者は、セレコキシブの使用を考慮
します。
・消化性潰瘍の予防には、プロポンポンプ阻害薬(PPI)の
併用を考慮します。
・ 内服量
► ジクロフェナク:25ー100㎎ / 日
► イブプロフェン:600㎎ / 日
► ロキソプロフェン:60ー180㎎ / 日
► セレコキシブ:200㎎ / 日
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推奨度
エビデンスレベル |
運動器疼痛
神経障害性疼痛
頭痛
線維筋痛症 |
1A
2D
2B
2C |
オピオイド鎮痛薬 |
トラマドール・アセトアミノフェン配合剤
(トラムセット®) |
・ノルアドレナリン作動系下降抑制系を刺激し、痛みを和
らげます。
・運動器疼痛や神経障害性疼痛に対し、推奨されます。
・開始量:75-150㎎ / 日。維持量:150-300㎎ / 日。
・副作用:眠気、めまい、悪心・嘔吐、便秘
|
推奨度
エビデンスレベル |
運動器疼痛
神経障害性疼痛
頭痛
線維筋痛症 |
1B
1B
推奨度なし
2C |
アセトアミノフェン |
アセトアミノフェン
(カロナール®) |
・維持量:600ー4,000㎎ /
・安全性が高いが、神経障害性疼痛に対する有効性は不明
です。
・高容量では肝障害を発生する可能性があり、注意を要し
ます。
・腎機能低下例でも使用可能(eGFR60ml/min/1.73m2
以下)です。
・副作用:眠気、めまい、悪心・嘔吐、便秘
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推奨度
エビデンスレベル |
運動器疼痛
神経障害性疼痛
頭痛
線維筋痛症 |
1A
2D
1A
2C |
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運動器疼痛 |
神経障害性疼痛 |
頭痛 |
線維筋痛症 |
非ステロイド性
抗炎症薬
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鎮痛効果・機能改善効果に有効。 |
現時点では有効性を示すデーターはない。 |
有効であるも、依存性頭痛に注意。 |
現時点では推奨されない |
アセトアミノフェン |
鎮痛効果は低い。 |
現時点では有効性を示すデーターはない。 |
1000㎎/回では効果を認める。 |
有効性は不明。 |
ワクシニルウイルス接種
家兎炎症皮膚抽出液 |
一定の鎮痛効果は期待できる。 |
第2選択薬と位置づけられる。 |
現時点では有効性を示すデーターはない。 |
現時点では有効性を示すデーターはない。 |
プレガバリン
ミロガバリン |
第一選択薬高い鎮痛効果が期待できる。 |
第一選択薬高い鎮痛効果が期待できる。 |
第一選択薬高い鎮痛効果が期待できる。
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300~450㎎/日で高い鎮痛効果を認める。 |
デュロキセチン |
高い鎮痛効果が期待できる。 |
第一選択薬
高い鎮痛効果が期待できる。
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有効性は限定的。 |
鎮痛効果よりも精神症状の改善に大きいものが大きい。 |
※)エビデンスレベルおよび推奨度説明
エビデンスレベル:ガイドライン が推奨する検査法や治療法が、どの程度信頼できる エビデンス
(科学的根拠)によって実証されているのかを示す指標です。 |
A(強) |
効果の推定値に強く確信がある |
B(中) |
効果の推定値に中程度に確信がある |
C(弱) |
効果の推定値に対する確信は限定的 |
D(とても弱い) |
効果の推定値がほとんど確信できない |
推奨度:エビデンスレベルを総合して推奨度が決まります |
推奨度 1 |
することを強く推奨する |
推奨度 2 |
することを弱く推奨する(提案する) |
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